お題「握りしめた柊」より。イルとヘルボロス。
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町からはるか南の地。人里離れた丘の頂上に、悪しきものを封じた神木がそびえるという。
地元の老婆も町長も知らない、消滅寸前といえるような言い伝えを教えてくれたのは、間抜けな顔の行商人だった。
なかなか有力な情報が得られなかった中、手掛かりを教えてくれた行商人には、感謝の気持ちでいっぱいだ。
しかし、同時に同情も覚えてしまう。
なにせ、最も伝えてはならない相手に、その存在を伝えてしまったのだから。
「お、あったあった」
ようやく見つけた目的のモノに、うきうきして近寄っていく。そんな奴の後ろ姿を、俺はぜえぜえ言いながら追った。
あれほどの長距離を徒歩で移動してきたというのに、なんでてめえは全然疲れてねえんだよ。自分の運動不足という言葉からは目を背けて、俺は内心で毒づいた。
「この樹は……柊だね。魔除けの力を持ち、邪鬼を払うと言われている」
まじまじと観察し、奴が呟く。
柊の樹。おそらくは、悪魔を封じるための触媒にしたのだと思われる。しかし、長らく放置されていたのでは、その効力も衰えてしまっていることだろう。
「僕でも破れちゃうくらいに」
きちんと手入れしなきゃダメだよねー。これから封印を破ろうとしている張本人は、大層愉快そうに笑って言った。
「イル」
「ん、何?」
「てめえほどの力があんなら、わざわざこんな奴を使わなくても、目的は果たせるんじゃねえのか」
この男の実力は知っている。
こいつが軽く指を振れば、炎が舞い、氷が生まれ、地が裂け、風が吹き荒れる。
こいつが瞳を覗き込めば、人々を眠らせ、狂わせ、自我無き奴隷に仕立てることとて容易い。
全てを蹴散らし、蹂躙し、破壊する。それを可能にしてしまう力を、すでにこいつは持っているのだ。
だというのに、なぜ、わざわざこのような余計な手間をかけるのか。
行動を共にしているのだから、そのくらいは聞いても良いだろう。
純粋な興味と、それと、こんな辺境を連れ回された恨みも込めて。
「つまんないこと聞かないでよ。そんなの決まってるじゃん」
刺を失った葉を引きちぎり、奴は口の端を吊り上げる。
邪悪を封じた聖なる樹が、赤い炎に包まれた。
「その方が楽しいからだよ。僕にとって、ね」
握りしめた柊を、炎に消し去る。
現れたるは、破壊の申し子。
無残な残骸と化した樹の、その姿は、これから始まる地獄の姿によく似ていた。